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スーラ

【ジョルジュ・スーラ(Georges Seurat)】
●新印象派
●1859年12月2日‐1891年3月29日
印象派の絵画の技法を更に進化させて、点描で絵を描く手法を完成させた人として有名なのがスーラや。「スーラ」ちう名前を聞いたことがあらへんかもしれしまへん。そやけど、点だけでかかれた絵を見たことがある人はいるかもしれしまへん。珍しいさかい、もし点でかかれた絵を見たことがあるんやったらば、そらワイが思うにはスーラの作品でっしゃろ。スーラの点描画は簡単そうで、どエライややこしいもんなんやねんで。(わて、真似したことがあんねんけど大シッパイしたんや)

スーラのプロフィール

スーラは1859年、パリんかなり裕福な家に生まれはりました。スーラはハンサムで、落ち着いとった上品な人やったとええまんねん。ほんで何よりもスーラは秘密主義で有名やった。
スーラは画家を目指すようになってからも、他の画家とは違い、家からの仕送りがあったんで生活に困ることはあらへんかったんですわ。
スーラはオノレの画法を研究しつつ、1880年から白黒のデッサンに力をぶちこむようになるんですわ。1883年には、デッサンがサロンに入選し、絶賛されはります。この時代のスーラの絵はまだ点描画やおまへんやったがが、次の年の1884年にサロンに落選してから絵画の描き方が変身し始めまんねん。点描で絵を描きはじめたちうワケや。 点描は、どエライ時間と根気が必要なもんやったが、スーラはていねいに描き続けたんや。この点描画がスーラを一気に有名にしたちうワケや。
そないなスーラは30歳で結婚して、ボウズもおったさかいすが、このことをオノレの親にも秘密にしとったんや。結婚してんことを親に伝えたんは、彼がななる2日前やったとええまんねん。スーラの画家仲間たちは当然、結婚してボウズがおることを知りよったんは、彼の死後で相当におったまげたんや。スーラは、1891年31歳ちう若さでこの世をさったんや。

スーラの絵画の特徴

スーラの点描画は印象派とは分けられ、『新印象派』や『点描主義』と呼ばれとりまんねん。線や色をぬって絵画を完成させるのやなく、さまざまな小さな色の点を並べて描くのが点描画とよばれるもんや。
スーラの絵画のどエライトコは、ようけの点が『人が見ると目の中で色が混ざって見える』ちう『視覚混合』ちう理論を実践してんことや。 あらかじめ、パレットの上で絵の具の色を混ぜてまうと色のあざやかさがなくなってまうさかい、スーラは原色のまんま点でキャンバスにのせていったんや。
原色のあざやかさを保った点描画を人が見ると、目の中で色が混じりあって見えるちうワケや。スーラは絵画を科学的な面から制作した人なんやこれがホンマに。スーラの絵を遠くさかい見とると、まるで塗っとるかに見えまんねん。それに、人物のりんかくを線で描いとるようにもみえまんねん。そやけどアンタ実際近づいてみると点描で、りんかく線はおまへん。
また、スーラは1枚の絵を描きはじめる前に、絵画の全体の構図や配置、デッサンを細かく何度も考えぬいて絵画を制作してるんや。現在も習作が残されとりまんねん。

スーラの有名な絵画

点描画ちう時間んかかる技法と画家としての活動期間が12年間しかへんかったことで、スーラの残した絵画はあんまりようけおまへん。ほんで大きな絵も残されとりまんねん。

■アニエールの水浴

この絵画がサロンに落選したことをきっかけにして、スーラは本格的に点描画を描くようになったんですわ。この絵ではまだ点描で描いてへんねん。ナショナル・ギャラリーにおます。

■グランド・ジャット島の日曜日の午後

スーラの絵画の中でいっちゃん有名な絵画や。横2mたて3m以上の大きな絵画やけど、そやけどアンタ、みな点で描かれとりまんねん。おだやかで優雅な様子があざやかに描かれとりまんねん。まるでりんかく線があるんやうにはっきりと描かれてんねんでや。これもねきで見ると線は描かれておらへんことがわかるんや。スーラはようけの人を描いとりますが、これよりどエライ昔にどなたはんもおらへん島の絵も残してるんや。アート・インスティテュート・オブ・シカゴにおます。

■サーカス

このサーカスちう絵画はスーラがなくなってしもたので未完成のまんまや。黄色と赤を中心とした華やかいなサーカスを表現してるんや。いかにスーラが色調のバランスを考えて描いとったかがわかる絵画や。オルセー美術館におます。 スーラの後、点描画は時間がかかることもあり次第に離れていきましたのや。そやけどアンタ、現代のモダンアートの原点ともいわれるスーラの絵画は現在も高く評価されとりまんねん。

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