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ピサロ

【カミーユ・ピサロ(Camille Pissarro)】
●印象派
●1830年7月10日‐1903年11月13日
ピサロは印象派の画家やけど、そやけどアンタ、モネやルノワールの方が有名ですわや。絵のことにあんまりねちっこくなければ「ピサロってだれ?」思う人も多いでっしゃろ。そやけど、名前は知らんとピサロの絵はワイが思うには教科書やらなんやらで見とるでっしゃろ。ふんわりとしたやわらかい絵を描いとったピサロは、印象派の画家たちのまとめ役をしてて、だれからも信頼されとった人やった。ピサロの温厚な性格が、絵画にもようあらわれとりまんねん。「ピサロは優しい人やった」ちうことを知った上で、彼の絵を見ると、また絵の印象が変わるかもしれしまへんや。

ピサロのプロフィール

1830年にカリブ海に浮かぶデンマーク領の島、セント=トマスでうまれはりました。おとんはボルドー地方からそこに来て雑貨店を経営しとったんや。ピサロは11歳でフランスの学校に通おるんやけど17歳でいっぺん故郷に戻るんや。ちーとの間は雑貨店の手伝いをしとったんやが、25歳のときに両親を説得して、画家になるためもっかいフランスにいきましたのや。
フランスに行ったピサロは、パリ万博で展示されとったコローやクールベの絵画を見て、影響を受けまんねん。ほんで一時はコローのアトリエで絵画の勉強をしとったんや。1859年29歳でこの世におぎゃあいうて生まれてはじめてサロンに風景画『モンモランシーの風景』を出品し、入選しましたわ。きょうびに後の印象派となるモネやセザンヌに出会い、一緒に屋外で絵画の制作をしてるんや。

ピサロは他の印象派のメンバーよりも10歳以上年上なんやし、温厚な人物やったため、画家たちにどエライ信頼された存在でもおました。1870年には一時期戦争から逃れてロンドンでも生活してるんや。
ピサロは、印象派のメンバーでただ一人第1回印象派展から第8回印象派展まで出品してん画家でもおます。1885年にはスーラやシニャックと出会い、1890年までの間に絵画に点描も取り入れとりまんねん。
晩年は風景だけでなく、人物画も描いとりまんねん。晩年には、画家として成功して個展も開催してるんや。まだ世間に認められていへんかった新印象派の画家たちの理解者でもあった彼は、1903年にパリでなくなったんですわ。

ピサロの絵画の特徴

印象派の画家たちは風景だけを描くことが多かったんやけど、そやけどアンタ、ピサロは風景とともに人物も描いとりまんねん。色合いは印象派らしく明るい色彩や。自然の美しさをすなおにえがいとりまんねん。ほんでピサロの絵画の構図は完成されとるもんで、考えぬかれとりまんねん。それらを見とる人に感じさせんと親しみをもたせる画家でもおました。ピサロは常に絵画の技法を研究して、新しい方法も試しとったんや。

ピサロの有名な絵画

どちらかちうと印象派メンバーのまとめ役として注目されることが多いピサロやけど、そやけどアンタ、絵画にも温厚な性格があらわれとりまんねん。ピサロの作品はやまと国内の美術館でも見ることができまんねん。

■テアトル・フランセ広場

この作品は連作で、さまざまな角度、季節にかかれたテアトル・フランセ広場の絵画や。大勢の人が行きかっとる広場のシーンなんやけど、どエライ静かいな作品や。『雨の効果』『霧の情景』『陽光の効果』やらなんやらがおます。

■小枝をもつ羊飼いの少女

ピサロは人物もよう描いとった印象派の画家やった。農園で働いとる少女がすこし休んどる瞬間を柔らかいなタッチで描いとりまんねん。点描画を描きはじめる前の作品やけど、そやけどアンタ、大きな点描にも見えまんがなや。パリのオルセー美術館におます。 ピサロの絵画に共通してんはやさしさや。ピサロの絵画を見て、ほっとする人やいやされる人が多いんは、ピサロの性格が絵画にもようあらわれとるからやからしょうわ。

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