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モネ

【クロード・モネ(Claude Monet)】
●印象派
●1840年11月13日‐1926年12月5日
印象派の「光や風景の動きや雰囲気をいかに絵の中に表現するか」ちうかき方にいっちゃん誠実でていねいにかき続けた画家がモネや。モネの「睡蓮(すいれん)」は学校の教科書にも載っとりますから、「モネ」ちう名前を聞いたことがある人も多いでっしゃろ。「光の画家」とも呼ばれとるモネは、睡蓮(すいれん)以外にも数ようけの美しい作品を残してるんや。『印象派』ちう言葉が誕生したきっかけは、モネの作品からなんやこれがホンマに。印象派の代表、モネについてもっともっともっともっともっともっともっともっともっと知ってみまへんか?

モネのプロフィール

「モネ」ちう名前は短いようやけど、そやけどアンタ、本名はクロード=オスカール・モネととええまんねん。1840年にパリで生まれ、幼い頃にセーヌ河口のねきの町に引っ越しまっせ。裕福な家庭で育ったモネは、10代のはよから絵の才能を見せはじめまんねん。
15歳の頃には、町中で評判になり絵画が売れるほどになっとったんや。そないなモネに風景画を描くようにすすめたのが、風景画家やったブーダンや。ブーダンと一緒に外で絵を描くようになりよったのや。
その1年後、モネはパリに移住して絵画を本格的に学び始めまんねん。パリには芸術家たちが集まってて、モネもここでルノワールやドガ、セザンヌたちと出会ったんや。ほんで、彼らはオノレたちで新しい絵画をつくろうと展覧会を1874年に開くのや。せやけどダンさん、モネをはじめとした彼らの絵画は、世間には受け入れてもらえしまへんやった。これまでの絵画は、重くるしい色に題材がしっかりはっきりと描かれとるもんやった。モネたちの絵画は明るくあざやかいな色を中心として、見たまんまの景色を描いとったからや。この展覧会を見た評論家たちは、モネが展覧会に出品しとった作品『印象・日の出』から彼らを印象主義者やといったんや。これが印象派と呼ばれるきっかけになりよったのや。
モネも他の印象派の画家たちも世間に認められはるようになるまで、長い時間がかかったんや。今でこそ、巨匠と呼ばれるモネそやけど、世間に認められて絵画が売れるようになりよったんは40歳以降やったんや。
生活が安定するようになりよったモネは43歳でジヴェルニーちう村に移住しまっせ。風景画を描き続けとったモネは、花をどエライ愛しとったのでどエライ広い土地に花や木を植えた美しい庭をつくったんや。
それ以降のモネの作品のようけは、この庭の絵が中心や。有名な「睡蓮」もモネの庭の睡蓮が題材になっとるのや。
印象派の中でも長生きやったモネは1926年86歳まで生きましたのや。

モネの絵画の特徴

モネは印象派の理想とした、外で絵を描き続けることを実践し続けた画家やった。モネがずっと描こうとしとったんは「変身し続ける光と雰囲気の印象」やったんや。モネは常にそれを追求しとった画家やった。
そやから、モネは同じ題材を何枚も絵画にしてるんや。同じ題材があっても、日の当たり方や時間によっての色の変身、風の流れがありますねんや。普段わてたちはそれらをあんまり気にせへんし、生活をしてるんや。そやけどアンタ、モネはその変身を敏感にキャッチして時間ごとに、別のキャンバスに絵を描き続けとったのや。これらは連作と呼ばれとりまんねん。
モネの求めとった「雰囲気の印象」と聞いても意味がようわからしまへんがな。例あげたろか、たとえばやなあ、普段目にしてん景色には家や木、川や畑がおます。わてたちはそれらを見ながら「あら家だ」「あら木だ」と見たもんと名前を無意識に確かめとりまんねん。やけど、そやけどアンタ、物の名前を確認するんやのうて「三角の赤があるんや」「四角いブルーがあるんや」と見た色をそのまんま描いていこうとしたんがモネの絵なんやこれがホンマに。
モネの代表的絵画に「睡蓮」がおますが、この睡蓮は、ねきで見たら何がなんやらようわからしまへん。明るい部分の色、暗い部分の色といった感じやけど、そやけどアンタ、睡蓮ちう花やとは気づきまへん。絵画からはなれてもういっぺん見てみると、不思議なことにそらちゃんと睡蓮の絵が描かれとるのや。
人が見とる景色と光とがたしかに「印象」として描かれとるのや。

モネの有名な絵画

モネは人物画をほとんど描くことなく、常に風景画を描いとったんや。その中でもモネの有名な絵画を紹介しまひょ。

■印象・日の出

「印象派」と呼ばれるようになりよったきっかけの作品や。うまれ故郷のル・アーブルの港の朝の風景が描かれとりまんねん。朝もやの中に太陽がのぼっていく様子が、ぱっと見た感じはどエライ抽象的にも見える絵画でもおます。そのせいで、この絵は厳しく批判されたんですわ。パリのモンモッタン美術館におます。

■日傘をさす婦人

モネが珍しく人物を中心にして描いとる絵画や。この人物はモネの奥はんや。人物を中心に描いとる絵なんやけど、よう見ると人物の顔が描かれてへんねん。実はこの絵は風の変身をあらわしてまんねん。風がつよ、雲が流れていく様子が描かれとりまんねん。パリのオルセー美術館におます。

■睡蓮

モネは晩年に睡蓮をテーマにした絵画をようけ残してるんや。睡蓮を描きはじめた頃は、池の周りに木や橋も描かれとったんやが、次第に水面と睡蓮のみになっていきましたのや。モネの睡蓮は、ロンドンのナショナル・ギャラリーやパリのセントルイス美術館、オランジュリー美術館やらなんやらで見ることができまんねん。その中でも特にオランジュリー美術館の睡蓮は、モネが国に寄付した睡蓮で、睡蓮が展示されとる部屋は睡蓮以外飾られてへんねん。モネはオノレがこの世を去るまで睡蓮の手直しを続けとったのや。それほどまでにモネは睡蓮を愛しとったのや。
モネは自然そのもんを愛し、それを絵にし続けてきた画家やった。自然の移り変わりを色とともに表現し続けたちうワケや。
モネはこないな言葉を残してるんや。
「ずぅぇえええぇぇええんぶは千変万化する、石でさえもだ」
この言葉に、モネがどないな絵画を描こうとしとったんかがわかるような気がしますや。
モネとかかわりがあった画家:ルノワール、ドガ、セザンヌ

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