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ミレイ

【ジョン・エヴァレット・ミレイ(John Everett Millais)】
●ラファエル前派
●1829年6月8日‐1896年8月13日
ミレイとミレーちうよう似た画家の名前を聞いたことがあるでっしゃろ。どちらがどちらかようわからへん人もおるかもしれしまへん。そやけどこの二人は別人やし、絵画を見れば違いがようわかるんや。ミレイの絵画はやわらかいな雰囲気をもちつつ、どエライ細かい部分までていねいにかかれとりまんねん。絵に描かれとる人物が、まるで今にも動き出すんとちゃうか思うくらいです。ミレイちう人は一体どないな人やったんでっしゃろか。

ミレイのプロフィール

イギリスの南部に位置するサザンプトンちう町の裕福な家のボウズとしてミレイはうまれはりました。ミレイは身体が弱かったんで学校には行かへんし、おかんに勉強を教わっとったんや。

 幼いころから絵の才能があることに気がついた両親は、本格的に絵の勉強をさせようと家族でロンドンに引っ越しまっせ。ほんで、ミレイはわずか史上最年少の11歳で、ロイヤル・アカデミーに入学したちうワケや。  
 
 アカデミーの中でもずば抜けた才能を持っとったミレイはすぐに注目を集めたんや。ほんで、アカデミーでハントとロセッティに出会ったんや。この3人を中心としてラファエル前派を結成したちうワケやが、ミレイは当時まだ19歳やった。ラファエル前派を結成してから制作した作品は、「ラファエル前派であるんや」ちうことで批判されてしまいまんねん。
 
 せやけどダンさん、ラスキンちう人物がラファエル前派を擁護してもろたことにより、ミレイたちは批判されることがなくなったんですわ。ミレイはこのラスキンに感謝の手紙を送り、それがきっかけでミレイとラスキンは仲がようなったんですわ。ミレイの代表作『オフィーリア』が描かれたのもきょうびで1852年や。その後、一時期ミレイの作品はあんまり評価されしまへんやった。
 
  ミレイはラスキン夫妻とよう旅行に行ったんや。このとき、ミレイはラスキンの奥はんやったエフィと恋愛をするようになったんですわ。エフィはラスキンとの関係を婚姻チャラ(結婚そのもんをへんかったことにするっちうこと)にして、ミレイと結婚しましたわ。
 
  結婚後のミレイは生活のため、大衆の好みを意識した作品をようけ描くようになったんですわ。それが大成功し、ミレイはイギリスでいっちゃん人気の画家となりよったのや。
 
  24歳で絵画の権威であるアカデミーの準会員となり、1863年の34歳で正会員になったんですわ。1885年には画家としてこの世におぎゃあいうて生まれてはじめて准男爵の地位につおったさかいす。
 
  晩年、体調が悪いなか、アカデミーの総裁の地位にまで上りつめたんや。ほんで、その4ヵ月後にミレイは咽頭ガンでこの世をさったんや。


ミレイの絵画の特徴


初期のミレイはまるで写真かと間違えてまうほど、細かい部分まで写実してるんや。結婚してからは画風が変身し、ごっつう細かい部分にまでは時間をかけて描かいなくなったんですわ。ほんでも、ミレイの絵は素晴らしいことにはかわらしまへん。特にミレイの描くボウズの絵画はどエライ人気がおました。

 ミレイ自身、ボウズ好きやったこともあり、ボウズの魅力を絵画で見事に表現した画家でもあったんや。ミレイの絵画は優雅でいて繊細、優しさにあふれとる絵画が特徴や。


ミレイの有名な絵画


生前から画家として人気があったミレイの作品は肖像画から歴史や文学を題材にしたもんまで幅広くおますが、その中でも特に有名な作品を紹介しまひょ。これらの絵画はぜひ知っといておくんなはれや。


■オフィーリア


ミレイの作品でいっちゃん有名な絵画というてもよいでっしゃろ。この作品をミレイはわずか22歳で描いとるのや。この作品はシェイクスピアの「ハムレット」の名シーンを題材にしてるんや。モデルとなりよった女性は4ヶ月もん間、毎日水をはったバスタブの中に入ってポーズをとり続けたとええまんねん。

 オフィーリアに描かれとる花は、オフィーリアの運命を暗示するように花言葉から選ばれとりまんねん。ケシは「死」、パンジーは「かいなわぬ恋」、すみれは「誠実」、ひな菊は「純潔」、バラは「若さと美貌」、忘れな草は「思い出」や。ロンドンのテイト・ギャラリーにおます。


■ブラック・ブランズウィッカー


出兵前の兵士とその妻の別れのシーンを描いた題材に人々は感動しましたわ。それだけやのうて、まるで写真のようにも見える衣装や壁のこまかい模様が素晴らしい作品でもおます。この作品の壁にはダヴィッドのナポレオンの絵が飾られとるのがわかるんや。レディー・リーヴァー美術館におます。

■シャボン玉

ミレイの孫をモデルにした作品や。この作品を見ると、ミレイがボウズの魅力を最大限に表現する才能があったことがわかるんや。『シャボン玉』は石けんの広告にも使われて、国中で有名な作品となったんですわ。A&Fピアーズ社が所有してるんや。

  ラファエル前派の画家としてスタートしたミレイは、時代がすすむにつれて画風がどんどん変身していきましたのや。20世紀になってからは「金のためにオノレの芸術を犠牲にした天才」とも批判されたことがおます。たしかにそないな時期もあったんかもしれしまへん。せやけどダンさん、後期のミレイは心から絵を描くことを楽しんだ人なんやこれがホンマに。

  ミレイと関係があった画家:ハント、ロセッティ

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2007年05月13日 09:46に投稿されたエントリーのページです。

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